本講義では,金属錯体を取り扱う.錯体という言葉からは,複雑でなじみにくい
相手であるという印象を受けるかもしれない.しかし,「錯」という字の漢字のも
との意味は「象眼」であり,違った材料を組み合わせて新しい美しさを求めるのが
象眼の技術である.錯体は陽イオンと陰イオンや有機化合物が組合わさってできる
化合物であるため,英語でコンプレックス(complex) という名称が与えられたが,
日本の化学者は「象眼したような塩類である」とみなして「錯塩」(現在では錯体)
と命名した.
錯体の理論は,金属化合物の性質を理解するためには必要不可欠であり,学問的
な意味で自然界の理解を深めただけでなく,合成化学工業に大きな変化をもたらした.
これは錯体触媒などの新しい機能をもつ多くの化合物が発見され,錯体化学で扱わ
れる領域が著しく拡大したためである.
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