見るからにいかめしい表題で逃げたくなるでしょう。「倫理」などと銘打って
いますが、説教を垂れ流しするつもりは毛頭ありません。この講義の直接の目的は、
日々の生活のなかで誰もが行なっている善悪の判断を観察することです。ひとから
何かひどい仕打ちを受けて憤慨したり、反対に自分のほうが
「悪いことをしてしまった」
と悔やんだり、時には言い訳を一生懸命に考えたり、わたしたちは、いろいろ善悪
に関する判断をしながら生きています。ところが、このような判断の内容をよく
調べてみると、実に複雑にできていることがわかるでしょう。この講義は、倫理の
複雑さを指摘し、最後まで「複雑だなあ」とつぶやいて終ります。善悪の問題を
すっきりと整理してくれるような理論のだぐいは何一つ示しません。善悪の判断に
関して、わたしは理論などといったものを信用していません。結局のところ、
個々の人間の生き方の問題なのです。「ひどい講義だ」と怒らないでください。
少なくとも、倫理に敏感になるという効果はあるのではないかと期待しています。
これがこの講義の間接的な目的です。
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